0才から115才の子供達へ

クリスマス おめでとー! 12.25 Kei

KEI'S ROOM

Private Room :KEI KOBAYASHI No.5

2005

各所でクリスマスイベントシーズンが始まる。音合わせ風景。 J-waveイベント会場にて

 

 

 

 

クラシカルな色のボクのツリー初公開

今年も終わりの月に入ってしまった。 例年の様に夏が終わるとすぐにクリスマスに向けてあれやこれや準備しながら盛り上がって行くボクなのに、今年は何かと立ち後れて、ツリーを飾り終わったのも11月も後半に入ってしまっていた。 でも、ツリーを飾ってからは時間があると、クリスマス・オーナメントが気になって、もうスペースがあまりないのに購入してしまったりする。

色々なグッズを集めたセンス良い売り場は、眺めているだけでワクワクする。 今年、初めてのクリスマスソング解禁は、聖心女子大のマリアンホールでのチャリティ・コンサートになった。 11月だったけれどリクエストが来たので、待ってました! と、唄う機会を得た。 ボクの母かたの祖母や親戚も聖心卒が多いので、珍しく祖母や親戚も会場に来てくれていた。

風の冷たい寒い日だったけれど、会場の熱は大いに上がって控え室では100枚以上のCDにサインをする事になった。 ボクのクリスマスCD「ワンダーランド」は一夜にして売り切れてしまったらしい。 ボランティアで活動して下さった同窓会の役員の皆さんや、ボクのスタッフ達のお陰でコンサートの収益はニューオリンズに送る事が出来たとの事。 11月はボク的にもボランティア活動で少しでも役に立てるコンサートが相次いだ。 世界のあちこちで天地異変が起きていてボクの立場から少しでも役に立てたら嬉しい。 

12月に入って、急に東京も温度が下がって寒いと肩が凝る。 外を歩くと知らないうちに肩に力が入っている。 ついこの前、夏だった気がするのにタートルネックのセーターが離せなくなる。 カシミアのセーターの軽さと柔らかさの虜になってしまう。 と言う訳でタートルネックが熱く感じる春先まで普段着のボクの首はカシミアの中に消えるシーズン到来だ。  二年前のクリスマス直前に亡くなった父かたの祖父の三回忌を少し早めて行い、寒い日にお墓詣りをした。 墓石に水をかけるのも寒そうな午後、菊の花でない暖かそうな花を飾り、お寺に実ったカリンの実を頂いた。 喉に良い果実だから風邪をひいた時に蜂蜜と合わせ飲むといい。 お寺のお坊さんの奥さんと娘さんがボクのCDを持っている、との事で墓参りを終えて戻ると、待ち構えていて一緒に記念撮影に納まった。 久々に会った同世代の従兄達と共に会食。 05.12.4

街はクリスマスのイルミネーションでどこもかしこもチカチカと輝いている。 ツリーの灯りにも流行?があって、二年前頃から青い灯りが多くなっている。 小さい頃は、ゆっくり全体が自然な速度で点いたり消えたりするツリーのイルミネーションを眺めながら、極上アレンジのクリスマス音楽を聴くのが好きだったけれど、近頃のチカチカはとてもスピードがある点滅になった。 クリスマスの極上サウンドを小さな音でゆっくり聴くには忙しすぎる気がする。

ボクのツリーは小学生の頃に親にねだって手に入れた天井に届きそうな大きなツリーだ。 ツリーのある部屋はランプの灯りだけだからゆっくり点滅する明かりが とても暖かそうに感じる。 イギリスに初めて行った時は寒くてクラシックな感じが暗くて寂しくホームシックになったが、今は自分の部屋はそんなクラシカルな明かりと色が一番落ち着く。 古いカードの絵の様なクラシカルなクリスマス色はやはり深くて暖かい気がする。 

 

 

 

 

 

ボクのうち、ドアや壁にもクリスマス

 

 

 

 

 

ずっと風邪が抜けないマスクオヤジ

 

 

 

 

 

 

雪の朝 at Nagoya

 

 

 

 

 

 

 

サンタのソリに乗ったつもり。トナカイがいない。

 

 

 

 

 

 

豪雪地帯の皆さん、こんな雪ではしゃいでごめんなさい。ネ

各地を巡ってクリスマス・ソングを思う存分歌えるシーズンに突入、と言っても、常にその地をゆっくり味わえる時間はいつもない。 新幹線の中からの景色はどこもあまり変化なく、通り過ぎる景色で街の色の違いは感じられない。 名古屋に行く前に気になったのは、天気予報だ。 ものすごく寒いらしい。 ン? 最高気温四度の予報! しかも雪!?  北の日本海側は12月には珍しい豪雪の報。 雪に埋もれた家がニュースに映し出されている。 近頃コンビの相方ピアニストの父は風邪で発熱、しかも休みなくステージを続けている。 もう全く声が出なくなっていて、移されたら大変だぁ、と言う状況。 勿論インフルエンザの注射はずっと前に済ませているが。 いつも父のソロピアノはハッピーで、やんややんやの喝采で湧き客席を盛り上げるが、本人はリハまではマスクをしてグツタリしている。 実はこの風邪は、数ヶ月前に軽くボクがひき、次に母が長引いて、同じ症状で父に回って行ったのだ。 それぞれが職業柄、風邪にはとても気をつけているけれど、風邪ウィルスには勝てない体調もある。 そして発熱しようが絶対にステージは休めないから、風邪をひいたら安静に…と言うのは無理。  名古屋が雪、の予報はビンゴ!! だった。 毎年、豪雪に見舞われる土地に住んでいる人々には大きい声で言えないのだけれど、小さい時から滅多に降らない雪が降ると嬉しくて、はしゃいで外で風邪ひくまで遊んだものだ。 でもステージのある日の大雪などは、交通に支障を来して行かれなくなったり、帰れなくなったりするから冬場の移動は天気予報と常にららめっこなのだ。 名古屋のタクシーの運ちゃんは、雪が降ったら皆、走れなくなるから休みにして車がいなくなりますヨ、などと言っていた。 でも無事とにかくブルーノート名古屋に着いた。まだ雪は時々チラチラ程度だった。 

 内心、ホワイト・クリスマスも夢じゃないかも…と少しワクワクしてしまつた。 12月に雪が降るなんて、あり得ない土地に生まれ育ったボクの、ホワイト・クリスマスへの憧れの気持ちなのだ。 すぐにサウンドチェックが始まる。 客席はSold Outの報を早くに聞いていた。 早くから並ぶお客様達に雪は辛いだろう、と気にかかる。 リハが終わる頃には小腹が空いておにぎりなど頬張って、外の空気を気にしていた。 そうとう冷えて来ていた。 1st、2nd終わる頃には客席総立ちでの拍手を頂いた。 外の寒さも父の風邪も、ボクは忘れて汗をかいて楽屋に戻る。 ホテルに戻ってから近くのコンビニに一人で出かける。 前に名古屋に来た時は晴天で緑のきれいな時期だった。 いつも客席は熱い声援、良い汗をかく。  夜中の空気はキリリと冷たく、ホテルの部屋はどこも乾燥しているので、バスタブの湯を溜めて、風呂場のドアは開け放ち濡れタオルを置いて寝る。 でないと、汗かいて、冷やされて、温風にあおられて、声は乾燥で、すぐにしわがれて来る。応援の皆さんありがとー!  12.21 

翌朝起きたら、真っ白な銀世界!  窓からの景色は木々に雪が積もり重たそうに枝はたわみ、サンサンと降りしきる雪!   うわぁ、来たぁ〜! と言う感じだ。

          朝めしどき

サラダ、とにかく葉っぱが好きなのも父ゆずりで、朝からモリモリ葉っぱを食べる。 と言っても朝食は昼過ぎになっていた。 お米のゴハンにもサラダが必要なのだ。上の皿なら二杯は食べたい。 食事をしている間にも雪は時に激しく降り、小やみに一瞬なっても休まずに降り続いていた。 雪景色の名古屋の街を写真に撮りたくて、外に出てみたけれど空から落ちる雪は逆光線になってうまく写せなかった。 それからクリスマスの飾り付けのあちこちをほんの数分、見学してみた。 いやはや外は寒い。 外に出る時は寒がりのボク、マフラーにマスクして風邪菌シャットアウトの重装備。 父の風邪も峠を越したのか、朝から先に出かけてしまつた様だ。 昨夜はTpは松島さんだったけれど、今日は伊勢さんに変わり、東京から無事到着。 朝帰京した松島さんは予定通り帰京出来たのか心配になる雪の降りようだ。 リハ終えて夕方には目も開けていられないほどの激しい雪の降りようになった。 街を走る車はどれも時速20キロ以下でソロソロと走っている。 東京も同様だけれど雪が普段降らない土地の車は、タイヤもチェーンも冬装備していないし、降ってからあわてて購入したくても売り切れで手に入らないそうだ。 道行く人達のコートも髪も真っ白に雪わかむり、傘をさしている人はいない。 やはり普段は降らない土地のせいか雪に、驚きとワクワクを感じている様で、滑りそうになりながら女性達もは心持ちしゃいでいる。

 

リハの合間にドラムで遊ぶ。 ボクとはライブ初共演のベースは鳥越さんは、ボクより片手ほど年上だけれど、年が一番近い。 誰でも良く知っているクリスマス・ソングの数々は、どうコード付けするかで、その美しさが際だつし、誰でも知っている曲だからその美しさの違いに気がつく。 巷には同じ曲があちこちに流れているけれど、大体お決まりのコードでつまらない。 そんな訳でクリスマスソングこそ、同じ曲がどんな風に美しく聞いて貰えるか一般の人にも届きやすい。 スタンダード曲の面白さは、取り上げる人のそれぞれのコード付けで、美味しくもマズくもなる、そこがやり甲斐のある所。 

ただ、原曲のコード進行を知らなければ、その違いに気づいて貰えないけれど、嬉しいのは大抵の人はクリスマス・ソングなら無意識に誰でも聴いた事がある。 緻密にコード付けをしたら、そのコード進行でどんな美しいイントロをつけるか、全てが各楽器の音の重ね方で決まる。 ボクの歌心を音に置き換えて伝えると、父はそれをサウンドに置き換え、それは編曲のベテランだからでなく和音へ向ける愛情で、そのままボクのイメージ通りの音になってメロディを包む。 

たった二本の管楽器のそれぞれのパートの重なりが、楽器奏者の歌心と音色を通して、大編成のクリスマス・キャロルの様なサウンドに膨らみ静かに空気に乗る。 こうした全体の音の計算や、各楽器の個人の持つ音色やビートまでを活かして重ねて行く共同作業が一番楽しい。 その中でボクがたまたま、ボイスである、と言うだけだ。 

ドラムを叩く時も同じ事なのだ。 いかに音を広げずにクリアな透明感で重ねられるか、繊細で気持ち良いビートを重ねられるか。 ボリュームを上げる事は難しい事ではないが、繊細に伝えられる音をどう、重ねるかが問題なのだ。 そんな訳で各楽器奏者のアンサンブル、音の融合が醸し出す世界は、当たり前の曲を極上に高める事が出来る。 

良い音楽とは、奏者の音数、手数が多ければ良い、と言う問題でもないし、各個人のワザがうまければ良い、と言う問題でもないから、重なる音の意味を同じ歌心で感じ、バランスを知りながら演る度に新鮮で、今日だけの「歌心」を生み出す事が出来るか。 そんな価値観こそ、スタンダードな物を演る事への面白さなのだ。 それはクリスマス・ツリーの色合いと同じ。むか〜しから飾られて古びた色になっても、暖かさを感じるクラシカルな深い色合いを備え、どこに飾られても見る人のその時の心で、胸に何かを残す。 世代が変わっても、その日飾る人の新しい気持ちがこもっているから、いつも新しくて深い物になる。 そんなセンス良いクリスマスツリーをボイスで飾り続けたい。 

名古屋ブルーノートでのクリスマス公演は、本当にホワイト・クリスマスが実現した。 ボクが最後に「ホワイト クリスマス」を唄う頃には、道はもう女性がヒールで歩けないほどの雪が積もっていたらしく、今夜来て下さった人達は家にたどり着けるのか…と心配だった。 ミュージシャン達も明日、東京でのステージに間に合う様に帰京出来るのか、を口々に心配している。 2日間、4公演全て客席も熱していて、遠い所から聞きに来て下さった皆さんの手拍子足拍子、かけ声、クリスマスに上質の音楽を届けたい、と言うボクの気持ちに答えて下さったパワーが舞台に届いた。 お花や、プレゼントなど、開けるのが楽しみな瞬間。 ボクのステージに来て下さりシートに座る迄の大変なエネルギーに感謝しながら、又、普通の日々の中から、そんなエネルギーを生み出せる様な音楽を、届けられる事を約束するね。

ホテルへ帰ってから深夜にスタッフ集まり居酒屋へ集合。 歩道の雪は凍結して歩けない状況の中、酔っぱらいは千鳥足で今にも滑ってころびそう。 車はほとんど走っておらず、名古屋としては80年振り?の大雪とか、帰宅出来なかった皆さん、本当にご苦労様ありがとう。 雪で来られなかった皆さん、まだまだいつも次があるよ。05.12.23  

新幹線は大幅に遅れていたけれど、翌朝は来た電車に飛び乗り無事帰京した東京、まぶしいばかりの晴天。 それぞれが次のステージに散った。05.12.23

クリスマスまであと20時間

 

 

 

 

 

 

 

雪を警戒しつつ街の銀世界にもワクワク

 

 

 

 

どこもクリスマスデコレーション!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪を乗せた自転車も都会では普段見かけない。

トナカイ、こんな所にいたよ。

 

 

 

まだまだボクの部屋はクリスマス模様。

今夜はクリスマスイブ。 東京は晴天。 ホワイト・クリスマスの歌の歌詞の様に、空に輝く太陽、ああ雪のある土地でクリスマスを迎えてみたい、ナンテ、あまのじゃくはだーれ? あ、ボクだ。

クリスマスおめでとう、を言うのは明日だよ。 今夜の零時にキリストが誕生して、それでキリストの誕生日なんだ、まだ生まれていない。 マリア様の陣痛もまだ起きていない? 失礼!  明日になったらクリスマスおめでとう、を0才から115才までの子供達に伝えよう。 05.12.24 

今年もクリスマスイブは家族と、クリスマスは友達と過ごす事が出来た。 何をするでもないのだけど、ゆったり過ごす、これが一番。 冬休みはクリスマスホリデーと言う様に、ボクの部屋は冬の間はまだまだクリスマスムードのままになる。 来年もヴァレンタインあたり迄クリスマスムードにしておこう。 今年も仕事納めは少年時代からお世話になって来た、銀座のSwing姉妹店、Swing Cityで総決算ライブにした。 冷え込む夜に全国から来て下さった沢山の方々、ありがとう。 

少年時代は、中学生の頃から各ミュージシャンからライブハウスの出演を沢山依頼されたけれど、積極的にボーカリストとしても、知らないジャズクラブに電話して、自分で売り込みなどしていた頃に、「男のジャズボーカル…?しかもまだ少年…」と言う事で歌を聴いてくれる前に冷たく断られたりもした。 その頃既にスウィングジャーナル誌の人気投票の頁では二位になっていたんだ。 それに、気に入ってくれているライブハウスのオーナーやミュージシャン達が皆、誘ってくれるのに…と、口惜しくて、その時に冷たくされたジャズクラブには後から頼まれても出ないゾぉ!  と、心の中で決めた。(笑) メジャーデビューした途端、あらゆるライブハウス、ジャズクラブから出演依頼が来た。 依頼を全て受けたら休みの日がなくなってしまうから、今、まずは少年時代に可愛がってくれた所に絞り、可能な月に限りずっと続けている。

今年ももう数日しかないけれど、年が改まる意識はいつもあまり持っていない。 今年、来年と露出を最小限に抑えて、シコシコとやりたい事に向けて仕込みをしているんだけど、これは自分の中のこと。 公開しないまま、ずっと持ち続けて行きたい事がらだから言わないよ。 変わらぬ姿勢で応援し続けて下さっているボクの歌を感じて下さっているみんなに、「ありがとう」の気持ち、来年もみんな自分自身の気持ちの中で素晴らしい年に出来る様にしようネ、ホントにいつもありがとう、と伝えたい。あ、戌年、なんだか親しみの湧く干支だ。 皆さんにとっても良い年になる様に。2005にありがと、さよならを。 05.12.30

 

 

 

全国からのカード、お花、プレゼント! ありがとありがとありがとありがと〜!

 

 

 

 

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