泊まっているB&Bのお庭は、背の高さまでラベンダーが茂っているから、
朝起きて庭に面した青い木のドアを開けると部屋にサッとラベンダーの風が通る。
明日は、おかぁひとりでパリに帰る。
ドライにしたラベンダーを持って帰ろ。そう思って沢山摘んだ。茎が日本で育つ物より全然太い。
石と岩と砂地のプロバンスの土に芝生を育てるために、時間が来るとスプリンクラーの水が放射される。
突然の下からのシャワーにびしょ濡れになって、新聞紙に包んだ大きな束のお土産が出来た。
人にも出会わない様な村から、世紀を超えた古い教会巡りがほとんどだったから、オリーブオイル
世紀を超えた古い教会巡りがほとんどだったからお土産は教会の畑で作ったオリーヴオイルや、
地中海の塩、ラベンダーの石鹸、各種のハーブ、
一年中、サラダ狂いのおとぅと次男に、美味しいドレッシングを作ろ。
この庭ともお別れ、東京のあの雑踏の中に帰る事を思うと、一日中この庭を眺めていたい。
沈んだ後は、10時頃までこの明るさ。
回りに建物がないから、地平線の向こうに沈む夕陽が、庭の木の間からこぼれて見える。
木陰からチラチラと金色の放射線が、おかぁの目を射しながら落ちて行く。
陽が落ちたら、しっとりした白い空になる。
10時近く、夜は突然訪れて、暗い夜に緑の匂いが立ちこめ、夜のシンと言う音がする。
真っ暗な庭、ドアを開け放つと部屋の灯りで白い花だけが浮かびあがる。
突然、携帯が鳴る。
東京では仕事の時間なのだ。こんな場所で仕事の電話を受けている、なんて言えないから、いつもの対応だ。
携帯があるから、旅に出る事も出来る変わりに、携帯があるから仕事も追いかけて来る。
もし携帯がなかったら、日本を留守に出来ない仕事なのだから、と、時代の流れを都合の良い方に考えるおかぁ。
アヴィニヨンの駅で伊織と別れた。
「秋になったら多分短いけれど日本に行かれる。おばぁちゃんが心配だから」と、祖母思いの孫、
急速に老いた母を気遣っている。
初めて訪れた南フランスから又、一人になり三時間後にリヨン駅に戻る。
セーヌ川沿いにタクシーで予約した宿を探す。
宿はすぐ見つかり、運転手がカバンをトランクから出してベルボーイに渡すと、車はサッと去って行った。
あ。 ラベンダーがない!
大きすぎて、包みきれないほどの、新聞紙に包んだラベンダーの花束!
ベルボーイに英語で事情を話しても、ニコニコして「ウィ マドモアゼール」しか言わない。通じていないのだ。
小さなホテルの一人用のフロントテーブルに、姿勢良く腰掛けたフロントマンが、夕方になってチェック インしたおかぁに
「貴女はラッキーです。お部屋の空きがなくなりまして、今夜はスウィート ルームにご案内します」と言う。
「但し、ちょっと前に絨毯のクリーニングをしたので、少し絨毯がまだ、湿っています。よろしいですか?」
「なななに? スゥイート? ラッキー!いい、いい。」 なんて気を取られていたらもう、忘れ物のラベンダーの件を話さぬうちに、
部屋に案内されていた。係が部屋にカバンを置いた時、パラパラとこぼれ落ちたラベンダーの花の粒。
ラベンダーの花束は湿った絨毯の上にこぼれた粒だけになって、消えた…
窓が好きです。
初パリ。窓を開けたら、そこもパリでした。
隣のアパートの窓と向かい合わせで、向こうの窓もステキ。顔が合ったらコンニチワの感じ。
地図を見て、ネットで予約したホテルがこんなに便利な場所で、安くてステキだなんて幸運!
もう八時近いけれど外は明るいし、数ブロックで名だたるシャンゼリゼ通りだから、初パリ最後の夜、ひとり歩きしよ。 |